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Kiki's letter on web vol.60

キキ通信 vol.60

2016.8.29.mon.

お変わり無くお過ごしになられてますでしょうか。

ご無沙汰を致しております。

 

一年の季節が巡ると、自然は約束をしたように、

訪れては過ぎていきます。

四季折々の日々を偲ぶこともあり、

記憶の陰に忘れ去る日々を繰り返しては

歳を重ねてまいりました。

 

振り返れば、何と素晴らしい方々と出逢ったことでしょうか。

季節が巡る毎に、幾度お逢いしたでしょうか。

いえ、この先、幾度お逢い出来るのでしょうか。

 

この頃になりますと、時間の過ぎる速さに、戸惑いを覚えます。

過ぎる速さに逆らうより、今その時間を一度、

ゆるゆると巻き戻してみようかと思いました。

すると、お世話になった沢山の方が思い浮かびました。

 

過ぎた時間があるから、明日に向かう事に気づかされました。

限られた日々を、大切に改めて思うのです。

 

そんな時

ひとつの「詞華集」を綴ることに致しましたのは

画面のページから

紙面のページをめくり、お目もじしたいと考えたのです。

Kiki's letter on web vol.61

キキ通信 vol.61

2016.12.25.sun.

 

Joyeux Noël

Bonne Année

 

過ぎゆく年と

迎える年に寄せて

感謝と幸せを祈ります。

Kiki's letter on web vol.62

キキ通信 vol.62

2017.5.1.mon.

長い間途絶えておりましたキキ通信も、

5月になれば、私の冬眠は

もう覚めなくてはならないのです。

 

思えば、あの日

森のカフェで、「幸福論」を語り、

「幸せの再来」を語った時もありました。

モンパルナスで、鈴蘭の古い Card を箱いっぱい見つけた話も。

 

けれど、語る時間もそれから忘れ、いつか記憶の一頁になり、

もう二度とその頁を開くことさえ無く、

気が付けば熱く語る時は過ぎ、

私の体の血さえも失われて行くのでした。

 

けれど、季節は約束どうりに訪れ、木々には萌える若葉が芽映え、

限りない想いの花たちは、今年も私に語るのです。

 

「記憶へのオマージュ」に、

人も花も共に語る時間がありますように、 、と。

 

ーーー「記憶へのオマージュ」   詞華集より        2017・5・1

Kiki's letter on web vol.63

キキ通信 vol.63

2017.6.6.tue.

「記憶へのオマージュ」展示は無事に終わりました。

沢山の方にお逢いできました事に感謝いたします。

幸せな時間を有難うございました。

(写真クリックで拡大して見れます。)

Kiki's letter on web vol.64

キキ通信 vol.64

2017.11.6.mon.

kimicocollage

第43回現代童画展

上野公園東京都美術館にて

2017年11月10日〜16日

am9:30pm5:30

pm5:00まで入場

(最終日pm1:30まで)

吉田キミコの記憶から今

 

ついこの前まで、

いつかを夢みていた。

 

それはまだ、いつの日かは

遠くにあると思っていたから。

 

それは突然だった。

ある時、終着点が間近に

なっているのに気がついた。

 

魔法のような奇跡も無い事を知る。

当たり前のことには違い無いのに終わりの無い夢が

前に進まなくなった。

しばらく私は其処に立ち止まり後ろを振り返ってみる。

ああ、随分遠くまで来たことを知る。

先の方は、もう霞んで見えない。

私は深い溜め息をしてから

遠い記憶を振り返る。

それは消えてしまいそうにもなり、

又つい昨日の事のようでもあった。

古い箱を開けながら忘れていた日の物を見つけた時のように、

蘇る記憶に私の体も心も楽になった。

まるで気に入った自分の居場所に居るような時間だった。

 

深い眠りから目覚めた朝の光に

私は再び今日が始まる事に気がついた。

そして、今日の一頁が明日につながる、

それは又

記憶の物語の終わりではなく

はじまりの一頁になるのなら、

きっと綺麗な箱に大切に仕舞えるようにしなくては。

 

窓の外は

深い秋の長い夜。

風の音を聴きながら私は

どんな夢の続きをみる事だろうか。

そんな夜が明け

今、窓を開ける。

穏やかな朝の陽射しが眩しかった。

五月の

あの日に演じた

「記憶へのオマージュ」から

未だ、言葉を伝えられずに半月が過ぎてしまった。

きっと私の

「記憶へのオマージュ」は

未だ、終わることが無いことに気づいた。

例え

永遠の命が無くても

その言葉を綴じることに

限りは無いのなら

大切な言葉は頁に綴じて

美しい箱の中に仕舞いたい。

その箱が、

いつか何処かに流れても

遠い地の果てで朽ちても

魂が灰になっても。

Kiki's letter on web vol.65

キキ通信 vol.65

2017.12.28.thu.

Bonne Année

 

もう何年も前に

ドイツのミューヘンのcaféで描いた絵が、

古いnoteの間から出て来た。

忘れてしまったのに、捨てられていない小さな紙切れの絵も

今見れば、記憶が蘇る。

 

去る年に別れを惜しみ

来る年に「又出逢えたね、よろしく!」

と伝える時間にも似ている。

幾たび繰り返した過ぎた日々へのオマージュは

儚くもあり美しい。

 

重なる日々の繰り返しがあるから

今があると思えば

幸せにもなれる。

 

きっと、迎える年は

出発の身支度をしていることだろうから、

私も準備をしなくては、、

Kiki's letter on web vol.66

キキ通信 vol.66

2018.5.1.tue.

キキ通信をまだ覚えておられる方、

時には、見て下さる方が一人でもいて下さったら

感謝をお伝えいたします。

 

雪が降り、桜吹雪、森の新緑、

季節は移り変わっていきました。

 

五月一日

「幸せの再来」

すずらんの季節です。

 

昨年の五月に

「記憶へのオマージュ」を原宿表参道で演じて、

ひとつの物語はまだ終われないとの誓いから

一年が過ぎようとしております。

同じ繰り返しの約束に

いつもの、またね!があるのなら

六月の半ば過ぎたら

井の頭公園池の畔にある

オープンダイニングカフェ ペパカフェフォレストで

お茶の時間を作ろうと思いました。

 

人が集う時間を作り大切に過ごすのも

創作の時間と似ています。

 

季節を感じ、人と語り、

自然の中で何事も無い時があり、

そして誰れも

幸せである事を願うのです。

Kiki's letter on web vol.67

キキ通信 vol.67

2018.12.23.sun.

今、どうしてる?

未だ其処に居るの?

お元気ですか。

 

今、何をしてると言うより

長い時間を重ねています。

その時間は素敵だったから

今、その時間を慈しみ

過ごしています。

 

沢山の画像を切り取りながらの作業は愛おしい。

だから、生きよう。

 

できることなら、綴じたい、

めくる世界を旅したい。

その頁をめくる人が一人でもいればいい。

いつか、その頁が朽ちても

人の心の魂になって存在すればいい。

 

出逢った人 、出逢った場所 、出逢った時間に感謝を捧げます。

すべての人が幸せでありますように。

Joyeux Noël et Bonne Année

Kiki's letter on web vol.68

キキ通信 vol.68

2019.6.8.sat.

2019年の年が明けて、もう半年が過ぎ、

平成が終わり、令和元年の5月から6月がはじまる。

過ぎて行く年月を見送り新しい年号を迎えたのは

5月1日「幸せの再来」スズランの日。

母を偲んだスズランの花とParis。

平成を迎えた日には私はLondonにいた。

過ぎて行った全てを思う間も無く

自分の人生の始まりと終わりも同じようであると思う。

10年のcaféを維持した業務を去り、

共有する裏側の自己表現に専念する事にした春。

そして、44年間在籍した美術団体を正式に引退をしたのは

満開の桜が散る4月1日の春の日。

人生の区切りを終えて、新規になった5月には

やはり2年前の「記憶へのオマージュ」を振り返ると、

沢山の方々の原稿の言葉に、たどりつく。

木の葉は新しく伸びて、薔薇が蕾をつけている。

森のcaféに行ってみよう。

そして、小さな庭にハーブを植えてみよう。

それから、屋根裏の窓を開けると、

いつもの様に、風が通り抜けた。

「よく来たね。待っていたよ。」

何処からか、そんな声がしたような気がした。

森の木の囁きだろうか、ずっと置き去りにされていた物達か。

そんな5月のはじまりには

突然NYから訪ねて来たWEB design担当のミナミさん。

BordeauxからマダムkumikoとHotelで再会。

北海道からディレクターのキャロル教授。

l'Espece de kimico担当の仲山氏と打ち合わせ。

デザイナーのノブさん、アシスタントのチエちゃん。

池の畔のダイニングキッチンでバケット君と笑う。

元スタッフが何人も会いに来てのお喋りのcafé時間。

そして、5月の最後の日

母と過ごした、あの喫茶店で思い掛けない、打ち合わせをする。

帰りタクシーに乗るところを後ろから肩を叩かれて振り向くと、

佐吉さんが通りかかって偶然な一瞬に驚いてしまった。

喫茶のオーナーと佐吉さんの笑顔に

私はタクシーの窓を開けて手を振った。

4月には、人生の区切りを終えて、5月1日が始まり終わった。

私は庭の土にハーブを植え、花の木の手入れをし、

閉ざした扉から入り、窓を開けてあげて、

キッチンのお皿をテーブルの上に並べ、それだけなのに。

自分らしく動いてみたら、花が咲き、

人と逢い語る時間が又はじまったようだ。

長く閉ざしていた「キキ通信」も令和の6月に扉を開いてあげた。

昨年から、Twitterを始めてから日々の普段の話をしてると

沢山の「いいね」に感謝を。

随分長い路を歩いて来て、

自分探しの旅に向かったのは希望を見つける為に、

夢を失わない為にだろうか。

崩れそうな崖も、危ない橋も何とか越られたのは、

私はひとりでは無かったのを忘れてはならない。

支えてくれた数え切れない言葉、差し伸べた沢山の手、

見送る笑顔の優しさ、長い月日が経ち、

もう戻ることの無い時間に今、

「ありがとう」を伝えたい。

6月1日の始まりには

遠くて逢えない大切な方とも言葉を交わす事が出来た。

ずっと陰で観ていた方の言葉。

「立ち止まる事はしないで、もう一度前に向かってみて。」

京都の安達さん、関西の美保さんから励ましの声のメッセージ。

44年間、ずっとお世話になった画家のO先生とも

言葉を伝えられた。

6月に再び沢山の方々とも逢えて、

言葉を交わせたはじまりと思えば

限られた時間に残された日々を

「記憶へのオマージュ」のページをめくる日の為に

再び私は今の命の幸せに生きようと思った。

 

「記憶へのオマージュ」から。

あの頃の「キキ通信」の資料が出て来た。コピーして封をして切手を貼っていた時代。原稿の文章は殆どが消えていた。

懐かしい追憶編

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